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山口県のフグは福を

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山口県のフグは福を(フク)を呼ぶ

猛毒を持っているフグですが、地方によって様々な呼び方があるようです。

例えば大阪などでは「毒に偶(たま)に当たる」を「弾に当たる」にかけた洒落から「てっぽう」と呼ばれています。

所説ありますが、「てっさ」や「てっちり」とは「てっぽうのさしみ」と「てっぽうのちりなべ」の略から料理名が来ているそうです。

また、長崎県では「がんば」と呼ばれています、「がんば」とは「がんば置いてでん食わねば(棺桶を置いてでも食わねば)」の略と言われています。

そんな死を連想させるフグの別名ですが、そんなフグを山口県では「ふく」と呼ばれています。

これは、「不遇」や「不具」につながる「ふぐ」ではなく「福」につながる「ふく」にかけたもののようです。

今回はそんな山口県の「ふく」の歴史についてご紹介します。

「ふくが福呼ぶ下関」

山口県で「ふく」と言えばやはり下関ですね、そんな下関では、明治21年山口県出身で下関に縁の深かった初代内閣総理大臣「伊藤博文」が「下関のふくには毒を見ず」とのお墨付きをだし、全国に先駆けて河豚食が解禁されたのでした。

ふくは幸せを呼びますのでひょっとしたら、他所の死に掛かった呼び名と違い「ふく」と呼んだ下関や山口県の人たちへの「ふく」の恩返しだったのかもしれませんね。

ふく食の歴史

ふく食の歴史は遡る事6000年も前から食べられていたと言われています。

6000年前と言えば縄文時代頃の事でしょう、日本ではまだまだ農耕も知りませんでしたので、生きるために漁業と狩猟をしていました。

その頃の食文化の遺跡には魚の骨が在りその中に「ふく」の骨もあったそうです。

そんな古来より食べられていた「ふく」ですが豊臣秀吉の朝鮮出兵で大打撃を受けてしまします。

それは、朝鮮出兵前に下関で「ふく」を食べた兵士たちが次々と倒れ死亡したために、秀吉が腹を立て「ふく食を禁止」にしてしまいました。

この禁止令は明治以前まで守られ、ふく毒により死者を出した場合は、家禄没収や、家名断絶という措置を定めていたほどでした。

そんな「ふく」が明治になり下関でのみ解禁となりました。

下関には条例が無かった

明治に「ふく食」が解禁された山口県ですが、昭和終期まで「ふく条例」がありませんでした。

無かったことを誇りにしていたくらいですが、東京では昭和24年、大阪では昭和23年に「ふく条例」を定めていましたが山口県では昭和56324日に制定されています。

この時期に「ふく」を山口県内で取り扱う業者に勤務している人は2924人、割合は販売業1344人、飲食業1056人でしたが、これに加工業や、行商人が居ましたのでこの3000人近い人が条例制定のために処理師免許を習得する事になりました。

これにより消費者はより安心して「ふく」を食べられるようになったのですが、明治以降より条例が無いにもかかわらず「ふく」食を続けられたのにはやはり「ふく」を食べる事で本当にふくが山口県内にやってきていたのでしょう。

しかしこの条例により今まで山口県内では誰でも調理する事が出来ていた「ふく」が免許を持っている人しかできなくなり自由が減ったような感じではあったであろうが、命には代えられませんよね。

因みに対岸の県福岡県では昭和54年に条例が制定されていますので対岸の福岡県より制定が遅かったようです。

山口県の条例は全19県の内で一番厳しい

明治に解禁され昭和終期まで約100年の間条例が無かったが、山口県で制定された条例はとても厳しいものでした。

その例として「販売と処理の制限」というものがあります。

内容は「ふく」の販売については、仲買人や魚類販売店、加工業者には「ふく」を丸ごと売ってもかまわないが、一般の消費者には有毒部分の全てを取り除いて販売をする事となっています。

また、処理についても「ふく処理師」ではない人が「ふく」を販売処理する場合には「ふく処理師」が立ち会わなければならないと規制されています。

「ふくの本場」をブランドとして掲げている山口県下関の「ふく」が全国のブランドとなったのにはこういった背景があるのかもしれません。

また、ここまで規制が厳しいために今もなお全国から山口県下関に水揚げする漁船が集まってくるのではないでしょうか。

「ふく」の調理法は山口県が発祥

下関の「ふく」の解禁が他のどの県よりも早かった為、「ふく料理」のそのほとんどが下関発祥となっています。

これは少しでも美味しい「ふく」を提供したいと考えた山口県下関市の「ふく」料亭などの方たちがお客様を第一に考えていた心の表れではないでしょうか。

この「ふく」の美味しい食べ方を考えたおかげで今なお山口県下関は「ふく」で潤う街として栄え続けているのです。

是非一度は下関で「ふく」を食べて「福」を呼ぼう

いかがでしたでしょうか、今回は山口県の「ふく」についてご紹介しました。

明治の世から今もなお「ふく」の本場として賑わいを見せる山口県下関市ですが、この街には本当に「福」が居るのかもしれません。

一度そんな山口県下関で「ふく」を食べて皆さんも幸せになってください。

「福」がやってくるかはわかりませんが「ふく」を口に入れた瞬間には間違いなく幸せな気持ちになれる事でしょう。

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